9本目のゲーム「てわけ」を公開しました。
畑に15の区画があって、働き手が3人います。区画を押して、誰に任せるかを決める。担当したキャラはその区画の作物を育てる育成シュミレーションゲームになります。
人がいない区画は、日が終わるたびに少しずつ元に戻っていきます。実っていた作物が育ちかけに戻り、育ちかけが芽に戻る。3人で15区画は守れないようになっています。
どこを守って、どこを諦めるか。 それを30日繰り返して、決められた数を仕上げられたらクリアです。
今回は、この形にたどり着くまでの話を書きます。最初はまったく違うゲームでした。
最初は、人を育てるゲームでした
きっかけは「ゲーム発展国」です。ゲーム会社を経営して、社員にゲームを作らせる。あのゲームで一番楽しかったのは、社員のパラメータが上がる瞬間でした。
それを農園でやろうと思ったのです。
働き手が3人いて、それぞれ得意不得意がある。畑を任せると経験が溜まって、あるとき腕が上がる。上手い人に難しい作物を任せれば成果が出るが、その人はもう伸びない。新人に任せれば育つが、失敗する。
成果を取るか、育成を取るか。 そういう判断のゲームにするつもりでした。
遊んでみたら、連打していました

作って、遊んでみました。
1日ごとに「次の日へ」を押して進める形だったのですが、気がつくと連打していました。
理由は単純でした。割り当てを一度決めたら、作物が育つ間は変える理由がないのです。 上手い人に難しい作物、新人に易しい作物。その配置が30日間ずっと最適。だから担当を決めたら毎日同じボタンを押すだけ。
ゲーム上での判断が極端に少なく感じるゲームになっていました。
そこで時間が流れる形に変えました。1日3秒で自動的に進んで、手を入れたいときだけ止める。収穫という区切りもやめて、ただ育っていくのを眺める形に。
これは良くなりました。眺めているだけで気持ちがいい。育成ゲームとして成立していると感じました。
綺麗な庭を採点しようとしました
次に考えたのが、目的です。
育てるだけでは、何のために育てているのか分かりません。そこで「綺麗な庭を作る」を目的にしました。
綺麗さを、2つで測ることにしました。
揃っているか。 区画の9株が、そろって育っているか。世話が行き届いていればそろうし、下手な人に任せるとまだらになる。
背丈の順に並んでいるか。 奥に高い木、手前に低い草。庭園らしい配置です。
作って、遊びました。点が出るようになって、それらしくなったと思いました。
測ったら、ただでもらえる点でした

ここからが本題です。作物には難易度を設定していました。また作物には背丈も設定し、背丈の順番に植えた方が採点が高くなるように設定してみました。
私は業務システムを33年書いてきた人間なので、何か作ったら数字で確かめる癖があります。今回も、自動で何百回もプレイさせて測りました。
結果は、こうでした。
| 遊び方 | 点 |
|---|---|
| 適当に植える | 781 |
| 揃いだけを狙う | 949 |
| 揃いと配置(作物の背丈順)の両方を狙う | 889 |
配置を狙うと、60点損をします。
理由を調べて、愕然としました。一番易しい作物だけを植えると、配置の点が満額もらえていたのです。全部同じ背丈なので「逆転していない」と判定される。何も工夫していないのに、点が入る。
そこで判定を直しました。全部同じなら0点。きれいに並べたら高得点。これで狙う意味が出るはずでした。
もう一度測りました。
まだ駄目でした。
今度は別の理由です。揃いの点で一番良くなる組み合わせを見つけて、それを裏返すだけで配置の点も満額もらえるのです。
揃いの最善 … 高-高-中-低-低
裏返す … 低-低-中-高-高 ← 揃いは同じ、配置は満点
何も引き換えにしていません。
配置の点をいくら上げても同じでした。150点でも600点でも、正解は同じ並びのまま。 迷う場面が生まれません。
ルールを知っていれば、ただで取れる点だったのです。
遊んでいるときは、気づきませんでした
ここが今回いちばん考えさせられたところです。
遊んだ感じは、悪くなかったのです。
点が出て、内訳も出て、それなりに悩んでいるつもりでした。「今回は配置を意識してみよう」と思いながら植えていた。
でも実際には、その判断には意味がありませんでした。 配置を意識してもしなくても、点はほとんど変わらない。私は、存在しない判断をしているつもりになっていた。
数字が教えてくれなければ、そのまま完成させていたはずです。
似たことが前にもありました。4本目のゲームでは「何も操作しないのが一番遠くまで飛ぶ」という状態になっていて、5本目では「先を読んでも読まなくても結果が0.3しか変わらない」と分かりました。
どれも、遊んでいるときは気づきませんでした。
採点をやめました
配置の採点は、作り直しても駄目でした。そこで、採点そのものをやめました。
代わりに入れたのがノルマです。「30日で、決められた数を仕上げる」 それだけ。
そして、もう一つ大きく変えました。
放置した区画は、元に戻っていくようにしたのです。
実っていた作物が育ちかけに戻り、育ちかけが芽に戻る。枯れはしません。戻るだけです。人が戻れば、また育ち始めます。
3人で15区画は守れません。どこかを見捨てることになります。 仕上げた区画も、放っておけば戻っていく。
遊んでみて、引っかかっていたものが取れました。
遊んでみてください
区画を押して、任せる人を選んでください。人がいない区画は、日が終わるたびに少しずつ戻ります。
周を重ねると、3人の腕が上がっていきます。
名前を決めるときに、正体に気づきました

全部できあがって、最後にゲーム名を決める段になりました。
候補をいくつか出してもらって、そのうち2つが残りました。「みのらせ」と「てわけ」です。
「みのらせ」のほうが、最初に考えていたゲームには合っています。作物を育てて実らせる。そのつもりで作り始めたのですから。
でも、並べて見て気づきました。
このゲームは、実らせるゲームではありません。
やっていることは、3人をどう振り分けるか。どこを守って、どこを諦めるか。育てるというより、維持する。
「てわけ」にしました。
作り終わってから、自分が作ったものの正体に気づいたわけです。育てるゲームを作ろうとして、維持するゲームができていた。
遊んで確かめる、測って確かめる
9本作ってきて、思うことがあります。
面白いかどうかは、遊ばないと分かりません。 これは間違いありません。数字がどれだけ良くても、触って気持ちよくなければ駄目です。
でも今回、それだけでは足りないと分かりました。
遊んで気持ちよくても、判断が存在しないことがある。 そして、それは遊んでいる本人には見えません。悩んでいるつもりで、悩んでいなかった。
だから、こうしています。
遊んで確かめる。 気持ちいいか、続けたいか、もう一度やりたいか。これは感覚でしか分かりません。
測って確かめる。 その判断に意味があるか。ある遊び方が常に正解になっていないか。何かと引き換えになっているか。これは数字でしか分かりません。
どちらか一方では、間違えます。
業務システムを33年書いてきて、測る癖がついていたのは幸運でした。性能を測る、ログを取る、仮説を数字で確かめる。あの習慣が、ゲームを作るときにも効いています。
50代から始めて、9本目です。まだ毎回つまずきますが、つまずいたことに気づける方法は、少しずつ増えてきたように感じています。
