8本目のゲーム「とめごろ」を公開しました。カーリングです。
引っ張って離すと石が滑ります。滑っている間はブラシで掃いて伸ばせるので、止まりそうになると「もう少し伸ばすか、ここで止めるか」を決めることになります。
今回は、この8本目よりも1作前の話も書きたいと思います。7本目は、途中でやめました。
同じ時期に、同じやり方で作ったのに、片方は行き詰まって、片方はすんなり進んだ。その違いが自分でも意外だったので、記録として残しておきます。
7本目を、途中でやめました

スプラトゥーンの「べたべた塗る爽快感」を、ブラウザゲームにできないかと思ったのが始まりでした。
現実では、そこら中にペンキをまき散らすなんてできません。だからあれが気持ちいいのだろう、と考えたわけです。
まず、なぞると塗れるものを作りました。指の軌跡が色になっていく。プロトタイプをペイントソフトのブラシにしかなりませんでした…
線は引けますが、面が埋まりません。何度も往復して初めて塗りつぶせる。それは「塗った」というより「几帳面に塗りつぶした」感覚でした。
次に、押したところに水滴が落ちて広がる形に変えました。じわっと大きくなって、離すと止まる。こちらは、塗っている感じが出ました。
でも、遊んでみて手が止まりました。
どこに落としても同じなのです。
塗られていない場所を押せば塗れる。それだけ。選ぶことが何もない。もう一度やりたいとは思えませんでした。
そこでやめました。
8本目は、すんなり進みました
次に作ったのがカーリングです。
企画を思いついてから公開まで、ほとんど迷いませんでした。もちろん調整には時間がかかりましたが、「これでいいのだろうか」と手が止まる場面がありませんでした。
7本目とは、まるで違いました。
同じ人間が、同じ道具で、同じ月に作っています。腕が上がったわけでも、運が良かったわけでもない。何かが違ったはずです。
違ったのは、出発点でした

並べてみて、はっきりしました。
7本目の出発点は、スプラトゥーンでした。
他人の作ったゲームの、良いところを取り出そうとした。「塗る爽快感」という言葉は、自分で思いついたものではありません。あのゲームを遊んで、面白いと感じた部分に、後から名前を付けただけです。
8本目の出発点は、自分で考えたアイデアからでした。
カーリングの中継を見ていて、投げたあとの、石が滑っているだけの時間が好きだったのです。誰も何もしていない、ただ滑っているところ。あれを遊びにできないか、と思った。
借りてきたものと、自分の中から出てきたもの。 違いはそこでした。
過去作を並べると、もっとはっきりします
これまでの作品を、出発点で並べてみます。
かぜまち(紙飛行機) ── 子供の頃、公園で紙飛行機を飛ばしていて記憶から。また公園から出ていってしまうのではないかと不安だったことなど
ころあい(家庭菜園) ── 実際に野菜を育てていて、土の中のさつまいもが見えないこと
ほしつなぎ(ワイヤーで星をつなぐ) ── 少年科学館のプラネタリウムで、星を見上げていたときのあの感じ
7本目(ボツ) ── スプラトゥーンの塗る爽快感
とめごろ(カーリング) ── 投げたあとの、滑っているだけの時間が好きだったこと
ボツになった1本だけ、出発点が他人のゲームです。過去作は自分の実経験からくるものでした。
きれいに分かれていて、自分でも少し驚きました。
ほしつなぎのときに起きたこと

ただ、これには続きがあります。
ほしつなぎも、最初は借り物から始まりました。
Xで見かけたゲームの画風に惹かれたのです。暗い画面に光る線で描かれた、ネオンのような絵。あれで何か作りたい、と思った。それだけでした。
案の定、迷いました。
最初はワイヤーで振り子のように渡っていく形にしたのですが、遊びとしての目的がありません。溜めたものを一気に流す仕組みを入れてみても、数字で測ると「どう遊んでも結果が同じ」と出る。何度も行き詰まりました。
変わったのは、途中で星座という題材が出てきたときです。
そして書きながら思い出したのですが、あのとき頭に浮かんでいたのは、子供の頃に少年科学館で見たプラネタリウムでした。暗いドームの中で、知らない星の名前を聞いていた、あの時間。
借り物から始まったものが、自分の過去の記憶に繋がった瞬間でした。そこから先は、迷いませんでした。
つまり、借りてくること自体が悪いのではないようです。借りたものを、自分の中の何かに繋げられるかどうか。 7本目は、そこができなかったのです。
遊んでみてください
赤い石が相手のものです。自分の石が、相手より内側に入れば点になります。3投で1エンド。
止まりぎわが、いちばん緊張します。
ゲーム開発のアイデアに悩んだとき、読み返すためにも
面白いゲームを見て「これを作りたい」と思ったとき、その気持ちは信じていいと思います。「 ほしつなぎ」はそこから始まりました。
ただし、そのままでは作れない。 借りてきた面白さは、他人の文脈の中で成立しているものです。切り出して持ってきても、こちらでは根が張らない。
自分の中の何に繋がるのかを探すこと。 記憶でも、好きな時間でも、何度も見てしまう場面でもいい。繋がった瞬間に、進み始めます。
繋がらないなら、やめてもいい。 7本目をやめたのは、間違っていませんでした。あそこで無理に完成させていたら、次のカーリングに取りかかるのは、ずっと後になっていたはずです。
50代から始めて、8本目です。まだ迷いますが、迷ったときにどこを見ればいいかは、少し分かってきたような気がしています。
